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辺野古と普天間 基地建設問題を分かりやすくまとめて説明

沖縄の米軍基地の移設する問題として、「辺野古(へのこ)」と「普天間(ふてんま)」を耳にする人は多いと思う。

ただ、移設問題があるということは分かっていても、どういう問題なのか、と聞かれると、パッと説明できる人は少ないのではないだろうか。

「辺野古」と「普天間」、どちらからどちらへ移転させるのか、ということにさえ曖昧な人がいるようだ。

そこで、辺野古移設問題について、あまり枝葉にはこだわらず、基本的な流れをできるだけわかりやすく説明したいと思う。

基本:普天間から辺野古への移設

2019年1月現在、沖縄県の宜野湾市(ぎのわんし)には米軍基地の「普天間飛行場」がある。

この「普天間飛行場」を名護市の「辺野古」へ移設しよう、というのが、いわゆる「辺野古新基地建設問題」の基本的な部分である。

普天間 ⇒ 辺野古

これをまず知っておこう。

なぜ辺野古へ移設するのか

では、なぜ普天間飛行場を辺野古へ移設することになったのか。

基地が住宅地に近い、とか治安上の問題など、色々と言われてきたが、1995年に起こった「米兵少女暴行事件」がきっかけとなって、移設の機運が一気に高まったようだ。

日米両政府は、「沖縄に関する特別行動委員会(SACO)」を設置し、米軍基地に関する検討を始める。

1999年には、稲嶺恵一(いなみね けいいち)沖縄県知事が、普天間飛行場の移設候補地として、名護市辺野古沿岸域を表明した。

これが、辺野古移設問題の発端となるわけだ。

辺野古移設問題の紆余曲折

1999年に稲嶺恵一沖縄県知事が、辺野古への移設を表明したものの、事はなかなかスムーズには動かない。

2013年に仲井眞弘多(なかいま ひろかず)県知事も、政府の辺野古沿岸部の埋立申請を承認した。

しかし、2014年の県知事選で仲井眞氏を破った翁長雄志(おなが たけし)氏が、2015年10月に埋立承認を取り消したのである。

ここらへんで、雲行きが怪しくなり、国vs沖縄の構図が鮮明になってくる。

埋立承認の取り消しに対し、国は代執行訴訟を提起した。

「代執行」とは、ある行為を行うべき義務を負ったものが、その行為を履行しない場合に、行政庁が義務者に代わってその行為を強制的に行う、というもの。

つまり、沖縄がやらないなら国がやるよ、というわけだ。

国としては、2013年に仲井眞知事が埋め立て申請を承認しているのに、その2年後に埋立承認が取り消されるのは納得がいかない、ということだろう。

和解と協議、そして再提訴へ

2016年3月には、いったん国と沖縄で和解が成立した。国は埋め立て工事を中止し、沖縄県との協議に入った。

しかし、国は再度訴訟に踏み切り、2016年12月20日の最高裁判決で、埋立承認の取り消しを撤回しない沖縄県側が敗訴したのである。

「埋立承認の取り消しを撤回しない 」なんて、ややこしい話であるが。

つまり、最初に「埋立の承認」があったが、それが「取り消し」となって、その取り消しを「撤回しない」沖縄県が裁判で負けた、ということ。

玉城デニー知事の誕生

2018年8月に、翁長沖縄県知事が死去した。

翁長知事の死去に伴い、新しい知事を決めるべく、2018年9月30日に沖縄県知事選挙の投開票が行われた。

自民・公明の与党の支持を受けた前宜野湾市長の佐喜眞淳(さきま あつし)氏も立候補したが、野党連合の支持を受け、辺野古移設への反対を掲げた玉城(たまき)デニー氏が佐喜眞氏に8万票以上の大差をつけて圧勝、新知事に就任した。

8万票の差、というから驚きである。しかも、負けた佐喜眞氏には、与党の支持があったわけだから、住民がどれだけ辺野古移設、ひいては国の指針に反対しているのかが分かるだろう(もちろん、知事選の争点は辺野古移設だけではなかったが)。

玉城知事は、辺野古への移設に反対、そして辺野古新基地建設の賛否を問う住民投票を行うことを表明した。

1日に2000万円の損害金?

国は、新基地建設に伴う埋立承認が撤回された場合、工事の遅延などに伴う損害として、1日約2000万円の損害賠償請求も見積もっているようだ。

なお、2015年10月に翁長知事が埋立承認を取り消した際にも、埋め立て工事は中止された。そして、上述の通り、2016年12月には最高裁判決で沖縄県側が敗訴したが、その際には国は賠償請求を行っていない。

参考資料:
・『現代用語の基礎知識2019』、自由国民社、2019年1月1日、pp. 123-124


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