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人を変えることはできないし時間の無駄 己を変えることに集中せよ

世の中、人に説教したがる人間が多いが、そのほとんどが成功しているとは言い難い。

自分のものとは相容れない意見を持つ他人に対して、自分の主張を説教や説得のような形で納得させるのはかなり困難である。

説教される側が、説教している人間を尊敬していたり、心酔しているようであれば、説教の意味もあるかもしれないが、大抵の場合こういうケースに当てはまらないようだ。

説教する人間の自己満足に終わるか、全くの徒労に終わるのはまだマシで、いらぬ反発や対抗心まで生み出しかねない。

他人を矯正するのは賢者でも無理

ショーペンハウアーも他人へ意見することについて諫めている。

幸福について-人生論-』(橋本文夫・訳)の中で、ショーペンハウアーはこう述べている。

いかに好意があっても人を矯正する意味の言葉は、対談の際、いっさい慎むがよい。人の感情を害するのは容易だが、人を矯正するのは不可能まではいかなくても、困難だからである。(p.298)

つまり、説教しても、人を矯正できるどころか、人の気分を害するだけに終わることが多い、と述べている。その通りだと思う。

なお、上司と部下の関係などのように、立場の強いものが弱いものを表面的に自分の意に従わせるのは可能である。ただ、それは単に従わせているだけであり、今回の議論には当てはまらない。

また、他人を矯正することが難しいのは、その他人が自分のものとは相容れない意見を持っている場合である。その他人が何の意見も思想も持っていない事柄に関しては、相手を納得させたりすることは比較的容易であろう。

結局は時間の無駄

自分のものとは相容れない意見を持つ他人を本当に矯正しようと思うのであれば、おそらく人生を賭けた試みが必要だろう。

ショーペンハウアーも、メトセラ(もしくはメトシェラ。旧約聖書に出てくる969歳で死亡した人物)ほど長生きしたとしても、人に不合理を説いて思いとどまらせるのは無理と主張する。

つまり、時間の無駄というわけだ。

自分の人生は有限である。他人を矯正することに無駄な時間を費やすことは、あまり利口な試みとはいえない。

私も人を矯正するような言葉を出さぬよう普段から気を付けているのだが、つい説教じみた言葉が口から漏れてしまうことが多い。自省しなければなるまい。


幸福について―人生論

参考資料:
・アルトゥール・ショーペンハウアー、橋本文夫・訳、『幸福について-人生論-』、新潮社、平成24年

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