
「平常心」というのは、保つのがとても難しい。多くの人がそう感じているだろう。
私もその一人だ。
だから、この記事のタイトルに「コツ」とか「方法」と書かれていても、それはあくまで悟りを開いていない私の一つの考えであり、未だ発展途上の方法論であることを申し添えておく。
ここで述べる内容は、これからも変わっていくこともあると思う。あくまで、現時点で到達した考えである。
全てをコントロールしようとしない
「平常心」を保つために重要な考えとして、「全てをコントロールしようとしない」ということが挙げられると思う。
「全てが己の制御下にある」というのは、そもそもが幻想であるのだが、そういう考えに至ることで「安心」を得ようとしているのだと思う。
ただ、「全てをコントロールしようとして(もしくは、そうあると勝手に思い込んで)安心する」ということは、つまり自分がコントロールできない状況にでくわすと、途端に平常心を失うことになるだろう。
なぜ、人は「全てをコントロールしようとする」のだろう。
この考えに至る一つの原因は、「コンフォートゾーン」に自らの身を置いている状況が長い、ということである。
変化する状況に対応せよ
「コンフォートゾーン」とは、「快適な場所」という意味だ。
つまり、快適で安全な場所にいる限り、予想外のことが起こる可能性は少ないので、心の平静が得られる。
ただし、この心の平静は、「平常心」を鍛えるという意味においては、有害でさえあり得る。
いざ予期せぬ事態に遭遇すると、心の平静は、脆い平常心と共に崩れ去る運命にあるからだ。
大事なのは、「コンフォートゾーン」に安住することなく、自らを危険な場所に置き、進化するということだ。
チェスと武術という、一見関連性のない分野で頂点まで登りつめたジョッシュ・ウェイツキンは、自らの著書『習得への情熱 チェスから武術へ――上達するための、僕の意識的学習法』でこう語る。
「海の上で生活するためには、今と言う瞬間にしっかりと心を置き続け、状況を自力で無理やりコントロールする気持ちを捨て去らなければならない。船は常に海とともに動き続け、足元は急角度に傾いては揺れている。そういう状況で生き抜く唯一の方法は、波のリズムに身を預け、どんなことがあってもそれに対処できるよう心の準備を整えておく以外にない。」(p.30)
常に変化する周囲の状況に対応する能力こそが、平常心を生むのではないだろうか。
ウェイツキンは、以下のように続ける。
「今という瞬間に心を置き続けてさえいれば、ほとんどの状況に対処できるものだということを、僕はこういう生活から学びとることができた。(中略)万一平常心を失ってしまったら、それは最後の頼みの綱を失ったことを意味する。」(p.30)
⇒書評「上達の方法や極意を学べる本『習得への情熱』ジョッシュ・ウェイツキン著 チェスと武術で頂点を極めた男の自伝」
全てをコントロールしようとせず、自然に身を任せ、その中で身に起こる出来事に対して対処する。
平常心を鍛えるには、何よりも快適な環境から抜け出すことだ。