ある日突然、言葉が出てこなくなったり、やる気が湧かなくなったりしたことはありませんか?
それは、脳が静かに疲れているサインかもしれません。
でも――薬や特別なトレーニングがなくても、脳の機能を改善できるとしたら?
実は私たちの「足」に、その鍵があります。
最新の研究で、ウォーキングのような軽い運動が、脳そのものを変化させ、記憶力や思考力の維持・向上に大きく貢献することが明らかになってきました。
この記事では、「なぜ運動が脳に良いのか?」「実際にどんな変化が起こるのか?」を、実験結果や科学的な根拠をもとに解説します。
今日から始められる、脳の健康習慣を一緒に見つけていきましょう。
この記事では、アンダース・ハンセン著『BRAIN 一流の頭脳』の内容に基づき、運動と脳の深い関係について、科学的根拠とともに分かりやすく解説します。
人類の体は「動くこと」に最適化されている
私たちの生活は、便利さと引き換えに「動かないこと」が当たり前になってきました。エレベーターで階段を避け、リモコンひとつで環境を変えられ、スマートフォンを片手に一日が過ぎていきます。
しかし、私たちの身体は、そんな現代の生活にはまだ「対応できていない」のです。
人類が今のような生活スタイルになったのは、わずかここ数百年のこと。ところが、人間の身体や脳の構造は約1万2000年前、狩猟採集をしていた時代からほとんど変わっていません。
当時、人間は動かなければ生きていけませんでした。食べ物を探し、危険から逃れ、仲間と連携する――そんな日常のなかで、「動くこと」が命を守り、脳を活性化させる鍵だったのです。
その名残は、いまも私たちの身体と脳に刻み込まれています。つまり、動くことでこそ本来の力を発揮できるように、私たちは進化してきたのです。
便利な社会であっても、私たちの体は「使われること」を前提につくられている。動かさなければ、身体だけでなく、脳の働きにも影響が出てしまうのは、ある意味当然のことなのかもしれません。
運動が脳に与える「物理的」な変化とは
「運動をすると気分がスッキリする」「頭が冴える気がする」——そんな実感を持ったことがある方は多いのではないでしょうか。
それは単なる気分の問題ではありません。運動によって、脳の“構造そのもの”が変化することが、近年の研究で明らかになってきています。
たとえば、あるマウス実験では、自由に回し車で運動できた個体のほうが、運動をしなかったマウスよりも脳の老化が遅く進行することがわかりました。
こうした動物実験の結果は、運動と脳機能の関係を示す一つの手がかりとして注目されています。さらに近年では、人間を対象とした研究でも、軽度の運動が脳に良い影響を与えることが確認され始めています。
軽度なウォーキングのような「激しすぎない運動」でも、脳内の神経ネットワークに良い影響を与えることが確認されています。
脳は変わらない器官ではなく、日々の習慣によって形も働きも変えられる「可塑性(かそせい)」を持った臓器です。
その変化を引き出す最も手軽で効果的な手段が、「歩くこと」だったのです。
このような動物実験の知見をもとに、実際に人間を対象とした実験も行われました。
とくに、高齢者における脳機能の変化に注目した研究では、ウォーキングが脳に及ぼす具体的な影響が明らかになっています。
60歳の被験者を対象にした研究
運動が脳に与える影響を調べるため、アメリカの研究チームは60歳以上の被験者を対象に、1年間にわたる実験を行いました。
被験者は以下の2つのグループに分けられました。
- Aグループ:週に数回、ウォーキングを継続したグループ
- Bグループ:同じ頻度で、心拍数がほとんど上がらない軽いストレッチや柔軟体操を行ったグループ
運動の頻度は同じですが、「脳にどれだけ刺激を与えるか」という点で差が出るよう工夫されています。
1年後、MRIによって脳の構造を撮影・分析した結果、ウォーキングを続けたAグループの脳には、明らかな変化が確認されました。
身体の健康指標が改善しただけでなく、脳の神経ネットワークにも良好な変化が生じていたのです。
なかでも注目されたのは、「実行制御」と呼ばれる脳の前頭前野の働きの向上です。
これは、「計画を立てる」「判断を下す」「注意を切り替える」といった日常生活に欠かせない認知機能。高齢になるにつれて低下しやすいこの領域が、ウォーキングによって明らかに活性化していたのです。
さらに驚くべきことに、若年層の被験者を対象とした別の実験でも、ほぼ同様の傾向が見られました。
つまり、ウォーキングのような軽度の運動は、年齢に関係なく脳の働きを高める力を持っているということです。
では、なぜウォーキングのような運動が、ここまで大きな変化を脳にもたらすのでしょうか?
そこには、脳内のネットワークや構造そのものが変化する「可塑性(かそせい)」という性質が関係しています。
次に、ウォーキングによってどのような脳の変化が実際に起こるのか、より詳しく見ていきましょう。
脳のネットワークに変化が生まれる
ウォーキングのような軽い有酸素運動が、なぜ脳の働きまで変えることができるのか?
その答えは、脳が持つ「可塑性(かそせい)」という特性にあります。
脳の可塑性とは、環境や行動の変化に応じて、神経細胞同士のつながり=ネットワーク構造が変わる能力のことです。
運動によってこのネットワークが再構築されると、情報処理の効率が上がり、記憶力や注意力、判断力といった認知機能が改善されるのです。
実際、前述の研究でウォーキングを続けた被験者の脳では、複数の領域が協調して働くようになる「機能的結合」が強化されたことが、MRI画像によって確認されました。
この結合の変化は、ただの一過性の反応ではなく、長期間にわたるポジティブな神経の再構築を示しています。
とくに「実行制御(executive function)」と呼ばれる領域の向上が顕著で、これは以下のような能力に関係します:
- 優先順位を判断する
- 注意を切り替える
- 衝動を抑えて冷静に行動する
- 計画を立てて実行する
これらは、加齢とともに衰えやすい領域ですが、定期的なウォーキングによって逆に活性化されたのです。
このように、運動は単に体に良いだけでなく、**思考や行動の質をも左右する「脳の習慣づけ」**にまで影響を与える可能性があるのです。
定期的な運動がもたらす脳の変化
運動を「続けること」によって、私たちの脳はさらに深く変化していきます。
一時的な効果にとどまらず、習慣化された運動は、脳の構造と働きに持続的な影響を与えるのです。
前述の研究では、ウォーキングを定期的に行ったグループの脳において、
- 情報のやりとりを行う神経回路のつながりが強化された
- 前頭前野の活動が活発になり、意思決定や注意力の精度が向上した
- ストレス耐性や感情のコントロールにも良い影響が見られた
といった変化が確認されました。
また、心理テストの結果では、「実行制御(executive function)」と呼ばれる高次の認知機能が、明確に向上していたことも判明しています。
これは、生活の中で「考えて行動する力」「目的をもって動く力」そのものを支える能力です。
さらに、同様の研究を若年層に対して行ったところ、驚くほど似た傾向が見られました。
つまり、定期的な運動は、若くても、年を重ねていても、脳の働きを確実に高めてくれるということです。
そして何より、この変化を生むのに必要なのは、ジム通いや激しいトレーニングではなく、日常の中に組み込める“シンプルな運動習慣”。
たとえば、1日20〜30分のウォーキングでも十分に効果があるのです(なお、米国運動医学会(ACSM)やWHO(世界保健機関)によれば、週に合計150分以上の中強度の有酸素運動が推奨されています。ウォーキングも「息が弾む程度の速さ(ブリスクウォーク)」であれば、この条件を十分に満たします)。
まとめ:ウォーキングで脳を鍛えよう
私たちの身体も脳も、1万年以上前の生活に適応したまま、現代を生きています。
そして、その「本来の姿」に最も合った行動こそが、体を動かすこと=運動なのです。
最新の研究は、ウォーキングのような軽い運動が、
- 脳の老化を遅らせる
- 認知機能を高める
- 神経ネットワークを再構築する
といった、目に見える“脳の変化”をもたらすことを証明しています。
しかもその効果は、年齢に関係なく誰にでも期待できるのです。
忙しい毎日でも、1日20〜30分のウォーキングなら取り入れやすいはず。
「なんとなく調子が出ない」「最近もの忘れが気になる」――そんなときこそ、まず一歩、外に出て歩いてみませんか?
あなたの脳は、今日のその一歩から、確かに変わり始めます。
※この記事は、アンダース・ハンセン著『BRAIN 一流の頭脳』(サンマーク出版)を参考に執筆しています。内容は神経科学の研究知見に基づいていますが、運動の開始や健康上の不安がある場合は、医師や専門家に相談することをおすすめします。
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-参考資料-
・アンダース・ハンセン、『BRAIN 一流の頭脳』、サンマーク出版、2018年3月5日・Eriksson et al., 1998
Neurogenesis in the adult human hippocampus.
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https://doi.org/10.1038/3305
・Colcombe & Kramer, 2003
Fitness effects on the cognitive function of older adults: A meta-analytic study.
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・Kramer et al., 2006
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・Voss et al., 2013
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・Hillman et al., 2008
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