覚せい剤などの違法薬物は、日本で流通されるものもあれば、海外から持ち込まれるケースもある。
「コントロールド・デリバリー(controlled delivery)」は、違法薬物などが海外から持ち込まれるのを防ぐ仕組みだ。
このコントロールド・デリバリーの仕組みを詳しく見ていこう。
コントロールド・デリバリー(controlled delivery)の仕組み
「コントロールド・デリバリー」は、英語の controlled delivery をそのままカタカナにしたものだ。日本語では「制御下配送」と呼ばれることもあるらしいが、英語の「コントロールド・デリバリー」が一般的に用いられているようだ。
なお、英語の綴りを見ても分かるが、「コントロール・デリバリー」ではなく、「コントロールド・デリバリー」であることに注意しよう。「制御された配送」という意味だからである。
コントロールド・デリバリーでは、違法薬物などが税関で発見されても、すぐその場でその薬物の配送を止めない。税関から通報を受けた捜査機関は、その薬物を受取人まで配送させるよう、税関に要請するのである。
つまり、捜査機関と税関が連携して、薬物の配送を監視するわけだ。
なぜそんなまどろっこしいことをするのかというと、その発見された薬物から事件の背景を徹底的に捜査し、事件に関与した人たちを一斉に検挙するためである。
その意味で、コントロールド・デリバリーは、「泳がせ捜査」とも呼ばれる。薬物などの違法物品を泳がせておいて、事件の全体像を把握するのである。
「クリーン・コントロールド・デリバリー」とは何か
このように、違法薬物を税関で発見しても、すぐに検挙せずに泳がせておく仕組みをコントロールド・デリバリーと呼ぶが、これでは困ったことになってしまうことがある。
それは、薬物の行方が分からなくなってしまい、薬物の流通をみすみす許してしまう、という事態だ。せっかく違法薬物を見つけても、その行方を制御できずに逃してしまえば、結果的に薬物の流通に捜査当局が手を貸してしまうということになってしまう。
こういった事態にならないよう、薬物の中身を偽物にすり替えてしまう、という手法が採られることもある。
これを「クリーン・コントロールド・デリバリー(clean controlled delivery, CCD)」と呼ぶ。
このクリーン・コントロールド・デリバリーでは、たとえ薬物の行方を見失ったとしても、事件の解決には失敗したものの、薬物の国内での使用や流通は防ぐことができる。
つまり、リスクの低い方法であると言える。
そのため、クリーン・コントロールド・デリバリーが採用されることが多いようだ。
ちなみに、中身をすり替えずに泳がせておく方法を「ライブ・コントロールド・デリバリー」と呼ぶ。
クリーン・コントロールド・デリバリーの実例:女子大生による覚せい剤密輸事件
それでは、クリーン・コントロールド・デリバリーが実際に行われた例を見てみよう。
2020年5月13日、アメリカから帰国した大学3年生の女子学生(22)が麻薬特例法違反(規制薬物としての所持)容疑で現行犯逮捕された。
この学生は、新型コロナウィルスの影響で留学先の米国から一時帰国したという。当時、東京都渋谷区広尾の親名義のマンションに滞在しており、薬物は別人名義で届けられたが、「自分のものだ」と荷物を受け取ったという。
中身の薬物は、5月7日に東京税関の検査で発見されていた。しかし、クリーン・コントロールド・デリバリー捜査のために、中身は似た形状のミント菓子とすり替えられていたようだ。
捜査員が踏み込んだとき、容疑者は慌てた様子で「ミントです。2,3錠飲んだ」と答えたという。
部屋には、小包の外装や緩衝材が散乱していたようだ。かなり急いで荷物の開封をしたのではないか、と推察される。
というのも、5月7日に税関で薬物が発見され、マンションに届けられたのが13日ということで、おそらく容疑者は、コロナウィルスの検疫のため、2週間隔離されていたのではないだろうか。
つまり、隔離されていた約2週間は、おそらく薬物を使用できなかったので、薬物に対する飢餓状態になっていたのかもしれない。もちろん、密輸するくらいだから、どこかに隠し持っていた可能性もあるが。
容疑者は、新型コロナは持ち込まなかったのかもしれないが、ウィルスとは別の厄介なものを持ち込もうとしていたようである。
参考資料:
・『女子大生、覚醒剤は「ミントです」 実際中身入れ替わる』、朝日新聞デジタル、2020年5月15日、https://www.asahi.com/articles/ASN5H65CWN5HUTIL01T.html?iref=pc_ss_date