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『イソップのおはなし』の書評

最初の投稿日: 2019年11月2日 / 更新日: 2020年11月14日 /本ページはプロモーションが含まれています。

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イソップのおはなし

昔、おそらく小学生の頃だったと記憶しているが、とても気に入って繰り返し読んだ本があった。イソップ童話の本だ。それが、この『イソップのおはなし』だ(より正確に言えば、この「イソップのおはなし」は、私が子供の頃読んでいた「イソップどうわ」の復刊である)。

イソップ童話そのものの寓話自体も面白かったが、この本が持つ、独特なタッチで描かれた挿絵にも私は魅かれていた。最初、その挿絵を見たときは、子供心に「変な絵」という印象でしかなかったが、次第にイソップ童話とその挿絵は私の中で「対」の関係になっていった。イソップ童話といえば、その挿絵を思い出す、という具合だ。

今思えば、とても優れていた挿絵であったと感じる。私が小学生の頃は、まだ日本の絵の世界は、今のように薄っぺらいアニメ調の絵に毒されていなかったように思う。否、現在のアニメ調の絵が悪いのではなく、いわゆる「オタク」系の絵やどこかで見たような漫画の絵が、そのままコピーされて、大量消費されている現在の状態が、私にとってはとてもつまらないのだ。

「絵の全体主義」とでもいうのだろうか。マンネリズムが連帯性を持ち、オタクと呼ばれる停滞した文化を生み出したのかもしれない。私は、いわゆる「ゆるキャラ」を見ても、何の感動もわかない。同じようなものを大量に複製し、大量に消費している。

昔読んだデザイン関係の本で、「アートが世間の一歩先を行くのであれば、デザインは世間の半歩先を行くようなものだ」といったような文章があったのを覚えている。しかし、最近もてはやされている、テレビなどで氾濫している絵は、世間の半歩先さえ行っていないような気がする。停滞しているのだ。

何年か前、奈良県のマスコットキャラとして、鹿の角を生やした小坊主のキャラが発表された。確か「せんとくん」という名前だったはずだ。そして、このせんとくんがかわいくない、とクレームをつけた人がいた。そして、その人がいわゆる「かわいい」キャラを発表した。このキャラは、調べたところによると「まんとくん」というらしい。

しかし、私の目には、その後から発表された「まんとくん」よりも、「せんとくん」の方がよっぽど魅力的に映った。もっとも、どちらが万人受けするか、といえば、「まんとくん」のような薄っぺらい絵の方かもしれない。「まんとくん」がデザインであるとすれば、「せんとくん」はアート寄りな存在だ。

話が大分脱線した。さて、私が愛したイソップ童話の本「イソップどうわ」の挿絵は、今思えば、「まんとくん」というよりも「せんとくん」のような存在だったように思う。万人受けはしないが、独特の世界を持っており、人の心に強烈な印象を残す。

この「イソップどうわ」、子供の頃の私は確か中古で手に入れたのだと記憶している。新品で買ったのではなかったはずだ。近所のバザーか何かで手に入れたのかもしれない。

もう何度この本を読んだだろうか。覚えていないほど、繰り返し読んだ。

話が1話1話短いので、小学生の私の集中力にもマッチしたのかもしれない。一話読み終える度に、もう一話、と続いていき、結局一冊読み終わってしまうのだ。

とても気に入っていた本だけれど、実家にこの本の所在について聞いたところ、もうこの本は無いだろう、という答えが返ってきた。

折しも、私にも子供が授かり、この子供もぼちぼち本を読み聞かせてあげる年齢になってきた。イソップ童話自体がとても素晴らしい寓話集だと私は考えていたので、ネットで色々とイソップ童話の本を調べてみた。

しかし、世の中にイソップ童話の本や絵本は数多くあるけれど、私からみて魅力的な絵を持つ本はなかった。それぞれに趣向を凝らした絵を持っているが、私が子供の頃愛した「イソップどうわ」にはとても敵わない。もちろん、私にとっては、の話である。

言うまでもなく、私が子供の頃読んでいた「イソップどうわ」も探した。

しかし、今でこそ書名も著者の名前も判明しているが、探し始めた当初は、著者の名前はおろか、本のタイトルさえも覚えていなかった。子供の時に読んだ、ということしか覚えていないのだから無理もない。

記憶にあったのは、あの特徴的な挿絵のみ。いくらネットで情報が溢れていても、記憶されている挿絵を頼りに探しても、なかなか見つからない。

それでも、あるブログで、「イソップのおはなし」について言及しているものを発見した。そして、そのブログの記事を読んでいると、どうやらこのブログで取り上げられている「イソップのおはなし」は、昔の本の復刻版であるらしいことが分かった。

私の胸は躍った。もしかしたら、この「イソップのおはなし」は、私が子供の頃愛読していたイソップ童話の本かもしれない。

早速、この「イソップのおはなし」の出版社である「のら書店」のサイトを調べてみた。そのサイトによると、この本の著者と挿絵の画家は、両方とももうお亡くなりになったらしい。その事実は残念だけれど、同時にその事実はこの本が昔に書かれたものである可能性も高めた。

サイトに掲載されていた本の表紙の画像を見てみても、絵は判別できるほど鮮明に見えるわけではない。しかし、なんとなく、昔読んでいた「イソップどうわ」に似ている気がする。私は、早速、インターネット書店でこの本を注文してみた。

家族には、子供のためにこの「イソップのおはなし」を買ってあげた、と宣言した。事実を言えば、私自身がとても欲しかった本だった。本が届くまでの時間、とてもわくわくして待っていた。

そして、ついに本が届いた。

包みを開けて、表紙を見てみると、見覚えのある絵が。そして、頁をめくってみる。

そして、確認した。まぎれもなく、この本は、私が子供の頃読んでいた「イソップどうわ」であった!

本自体は、少しコンパクトになったようだ。もっとも、昔読んでいた「イソップどうわ」が同じサイズであったとしても、子供の手には大きく感じたかもしれないが。

最後の頁に、この一文を見つけた。

「この本は1970年に㈱学習研究社により刊行された「イソップどうわ」を復刊したものです。」

そうか、この本は、もともと1970年に発行されたものなんだ。そして、40年の時を経て、今新たに刊行されている。この名作が再び世の光を浴びることができたことを喜ぶとともに、復刊の英断を下された関係者の方々に感謝したい。

イソップのおはなし

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-参考資料-
小出正吾、三好碩也、『イソップのおはなし』、のら書店、2013

カテゴリ: 書評 関連タグ:のら書店, イソップのおはなし, イソップ童話

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